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【終活オススメ本④】急に具合が悪くなる
2021年1月30日
もし明日、急に重い病気になったら――見えない未来に立ち向かうすべての人に。哲学者と人類学者の間で交わされる「病」をめぐる言葉の全力投球。共に人生の軌跡を刻んで生きることへの覚悟とは。信頼と約束とそして勇気の物語。
もし、あなたが重病に罹り、残り僅かの命言われたら、どのように死と向き合い、人生を歩みますか?もし、あなたが死に向き合う人と出会ったら、あなたはその人と何を語り、どんな関係を築きますか?
乳がん治療中に多発転移を宣告された若き哲学者は、一人の女性医療人類学者との往復書簡を通して、病を抱えて生きることの意味を徹底的に考える企てに挑んだ。本書は昨年7月にがんで亡くなるまでの2カ月間の20通の書簡からなる。全身全霊を傾けた2人の言葉の往還に激しく胸を揺さぶられた。
病気とリスクをテーマに議論は始まった。「急に具合が悪くなるかもしれない」と医師から告げられた宮野は、「△%の確率で○になる」というリスクが次々に示され、未来の可能性が狭められていく医療に抵抗を覚える。磯野はそれを「かもしれない」の連続で身動きが取れなくなる「<弱い>運命論」と呼び、リスク管理が進む現代社会に警戒感を示した。
宮野は専門である九鬼周造の偶然性の哲学、磯野は医療現場におけるフィールドワークの蓄積を総動員して病におけるリスクと可能性、偶然と必然、不運と不幸などをめぐって考察を重ねていく。あくまで論理的に、感傷に流されることなく。
ところが、宮野の容態が急速に悪化するなかで書簡は抜き差しならない様相を帯びてくる。磯野は「死」について真正面から問いかけた書簡をこう結んだ。
「宮野にしか紡げない言葉を記し、それが世界にどう届いたかを見届けるまで、絶対に死ぬんじゃね―ぞ」
宮野は「うん、わかった」と応答した。その約束は、いつどうなるか分からない未来に向けて、信頼すべき相手を得て初めてなされた「賭け」であり「冒険」だという。
宮野は乳がんにならないこともあり得たにもかかわらず、なった偶然の意味を問い、磯野は生涯における決定的な出会いと別れを今経験しようとしている偶然の意味を求める。2人は出会ってまだ1年も経っていないのだ。
けれども、2人はその偶然を「魂を分け合った」者の運命として受け入れ、共に歩むことを覚悟した。その時、彼女たちはそれまでとは違う新しい自分を発見する。
生と死をめぐるドキュメントは、出会いの不思議と恩寵を記したかけがえのない物語になった。
◇宮野真生子(みやの・まきこ)
福岡大学人文学部准教授。2000年、京都大学文学部文学科卒業。2007年、京都大学大学院文学研究科博士課程(後期)単位取得満期退学。博士(人間科学)。専門は日本哲学史。著書に『なぜ、私たちは恋をして生きるのか――「出会い」と「恋愛」の近代日本精神史』(ナカニシヤ出版)、『出逢いのあわい――九鬼周造における存在論理学と邂逅の倫理』(堀之内出版)、藤田尚志との共編著に『愛・性・家族の哲学』(全3巻、ナカニシヤ出版)などがある
◇磯野真穂(いその・まほ)
国際医療福祉大学大学院准教授1999年、早稲田大学人間科学部スポーツ科学科卒業。オレゴン州立大学応用人類学研究科修士課程修了後、2010年、早稲田大学文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。専門は文化人類学、医療人類学。著書に『なぜふつうに食べられないのか――拒食と過食の文化人類学』(春秋社)、『医療者が語る答えなき世界――「いのちの守り人」の人類学』(ちくま新書)、『ダイエット幻想――やせること、愛されること』(ちくまプリマー新書)などがある。